これからの社会と経済のメインのドライバーは、企業ではなく、やっぱり個人になっていく。と私も思う。
わてなんかは、20歳代の前半時にパソコンが出来、インターネットが始まった
という老体なんだけど
その後の社会変化を考えると
参照の記事は、すごく腑に落ちることなんだよなぁ。
ネット経済が実体経済とリンクし、やがて規模が実体経済と同等
いや、それ以上になってきて
メディアとか金融とか銀行とかネットとの融合性が強い場所から段々と
社会資本の根幹部分まで浸透してきているのは、特に肌身に感じている。
それが、テッドポイント(転換点)を超えてきているのが、近年だと思う。
銀行は特にビジネスモデルが大きく変わってきているから
収益をどこで出すか?。という存在まで問われるようになっている。
(債券とかファンドとか保険とか小口金融など個人の預金情報を握っているから
そこに収益の源泉を見出そうとしているけど、無理があると思う。)
今治タオルが復活したのは、ほぼ企業規模が最大でも年間売上100億円程度
で中小零細企業の集まりで、貿易交渉でも自動車産業や農業の二の次で犠牲
にされてきた歴史があって、政府や政治家に頼ることが出来なかったという
環境もある。(だから、ギリギリの選択であったとも言える。)
個人化や分散化の進展は、今まで隠されていた層やないがしろにされていた層が
表面に出て活動するようになるということでもある。
それが女性層だと思う。(日本では特に)
そこを注目していくこともこれからは必要かなぁ。
(いや、政府や企業も注目しているけど、まだまだ表面的だと思う。)
労働力不足で外国人の国内就労は増えているし、女性の就労も男性の分野まで
広がっている。(それは、非正規雇用が増えるということでもあるけど)
取り留めなく思いつくまま書いたけど
自分とは何か?。自分は何がしたいのか?。どう発信して、どう受信するか?。
どのように人生生きていくか?。
以前ならひとつの企業に就職して終身雇用制度の中で
家族とか自分を深く考えないでも安定して生きられたけど
これからは
個人(自分)を深く見つめ、家族や社会との関係性も考え生きていかないと
いけない時代になっている。
そして、ネットを使う。(道具として)ということは
収入的にもまた社会との関連性のうえでも重要になってくるということだと思う。
個人が有利になる時代の到来は、個々が有利にしないといけない時代でもある。
転記
より個人化、分散化が進むといったことは、この先いろんなレイヤー、いろんな領域でますます起こっていくと思います。
ちょっと前であれば、商社や銀行のような企業は、メディアに出るよりもはるかに前に最先端の情報を持っていたんはずなんですが、今となっては、大手企業になればなるほど「こんなことも知らないのか」という体たらくになっている。
――カルチャーから未来を考えることができる。
テクノロジーの話をやめると、みんなずいぶん楽になるんですよ。考える幅が広がるし、より本質的なことを考えなければいけなくなる。
未来の種を今の現実の中から探さないといけないので、今の現実をより注視するようになりますし。幻想の未来を考えるより、こっちの方がよっぽどイマジネーションが動くんですよ。
たとえば、「昔は飲み水って買ったりしなかったよな」とか、「昔はスーツにスニーカーなんて履かなかったよな」とか、そういうことでよくて、そういううっかりすると見過ごしてしまう変化の中に、大きな変化の潮流はひそんでいて、それがどういう変化だったのかを考えると、その先にどんな趨勢があるかを考えることができる。
するとリアリティを持って未来というものを考えられるんじゃないかって思うんですよね。
――ガワの話ではなく中身の話をしよう、ということですよね。
ですね。結局ハードウェアの話なんですよ。テクノロジーの話って。ソフトが大事、とか言いながら、みんな結局ハードに期待してるわけで、それがバイアスなんです。
――メディアにしてもテクノロジーにしても「業界」という視点から発想を考えがちなところに問題があるのではないかと思うんですが、どうでしょうか。
それはたしかにそうですね。そこに縛られちゃうと自由に発想ができなくなることはあるんだと思います。ただ、じゃあ闇雲に業界を飛び出して別の事業をやれ、というのも土台無理無体な話なんですよね。
最近、もうちょっとみんな心した方がいいんじゃないか、と思うのは、自分の産業を他人は救ってはくれないということなんです。
「映像業界はもうダメだ」と言っている映像業界の人たちが、漠然と「VRが来たら救われる」みたいなことを思ってたりするわけですよね。
つまりはハードの更新が自分たちを延命させてくれるみたいに考えてる節があるような気がするんですが、そんな救世主ってハッキリいって来ないですよ。
自分たちが面白いことをやって、頑張ってサヴァイヴしようとしないかぎり業界は死ぬわけで、そこの自助努力を蔑ろにしすぎだと思います。
参照
「音楽がわからないやつは世の中のことがわからない」と僕は思う
日本の大企業が「情報弱者」に落ちぶれた、という危機的現実
という老体なんだけど
その後の社会変化を考えると
参照の記事は、すごく腑に落ちることなんだよなぁ。
ネット経済が実体経済とリンクし、やがて規模が実体経済と同等
いや、それ以上になってきて
メディアとか金融とか銀行とかネットとの融合性が強い場所から段々と
社会資本の根幹部分まで浸透してきているのは、特に肌身に感じている。
それが、テッドポイント(転換点)を超えてきているのが、近年だと思う。
銀行は特にビジネスモデルが大きく変わってきているから
収益をどこで出すか?。という存在まで問われるようになっている。
(債券とかファンドとか保険とか小口金融など個人の預金情報を握っているから
そこに収益の源泉を見出そうとしているけど、無理があると思う。)
今治タオルが復活したのは、ほぼ企業規模が最大でも年間売上100億円程度
で中小零細企業の集まりで、貿易交渉でも自動車産業や農業の二の次で犠牲
にされてきた歴史があって、政府や政治家に頼ることが出来なかったという
環境もある。(だから、ギリギリの選択であったとも言える。)
個人化や分散化の進展は、今まで隠されていた層やないがしろにされていた層が
表面に出て活動するようになるということでもある。
それが女性層だと思う。(日本では特に)
そこを注目していくこともこれからは必要かなぁ。
(いや、政府や企業も注目しているけど、まだまだ表面的だと思う。)
労働力不足で外国人の国内就労は増えているし、女性の就労も男性の分野まで
広がっている。(それは、非正規雇用が増えるということでもあるけど)
取り留めなく思いつくまま書いたけど
自分とは何か?。自分は何がしたいのか?。どう発信して、どう受信するか?。
どのように人生生きていくか?。
以前ならひとつの企業に就職して終身雇用制度の中で
家族とか自分を深く考えないでも安定して生きられたけど
これからは
個人(自分)を深く見つめ、家族や社会との関係性も考え生きていかないと
いけない時代になっている。
そして、ネットを使う。(道具として)ということは
収入的にもまた社会との関連性のうえでも重要になってくるということだと思う。
個人が有利になる時代の到来は、個々が有利にしないといけない時代でもある。
転記
より個人化、分散化が進むといったことは、この先いろんなレイヤー、いろんな領域でますます起こっていくと思います。
ちょっと前であれば、商社や銀行のような企業は、メディアに出るよりもはるかに前に最先端の情報を持っていたんはずなんですが、今となっては、大手企業になればなるほど「こんなことも知らないのか」という体たらくになっている。
――カルチャーから未来を考えることができる。
テクノロジーの話をやめると、みんなずいぶん楽になるんですよ。考える幅が広がるし、より本質的なことを考えなければいけなくなる。
未来の種を今の現実の中から探さないといけないので、今の現実をより注視するようになりますし。幻想の未来を考えるより、こっちの方がよっぽどイマジネーションが動くんですよ。
たとえば、「昔は飲み水って買ったりしなかったよな」とか、「昔はスーツにスニーカーなんて履かなかったよな」とか、そういうことでよくて、そういううっかりすると見過ごしてしまう変化の中に、大きな変化の潮流はひそんでいて、それがどういう変化だったのかを考えると、その先にどんな趨勢があるかを考えることができる。
するとリアリティを持って未来というものを考えられるんじゃないかって思うんですよね。
――ガワの話ではなく中身の話をしよう、ということですよね。
ですね。結局ハードウェアの話なんですよ。テクノロジーの話って。ソフトが大事、とか言いながら、みんな結局ハードに期待してるわけで、それがバイアスなんです。
――メディアにしてもテクノロジーにしても「業界」という視点から発想を考えがちなところに問題があるのではないかと思うんですが、どうでしょうか。
それはたしかにそうですね。そこに縛られちゃうと自由に発想ができなくなることはあるんだと思います。ただ、じゃあ闇雲に業界を飛び出して別の事業をやれ、というのも土台無理無体な話なんですよね。
最近、もうちょっとみんな心した方がいいんじゃないか、と思うのは、自分の産業を他人は救ってはくれないということなんです。
「映像業界はもうダメだ」と言っている映像業界の人たちが、漠然と「VRが来たら救われる」みたいなことを思ってたりするわけですよね。
つまりはハードの更新が自分たちを延命させてくれるみたいに考えてる節があるような気がするんですが、そんな救世主ってハッキリいって来ないですよ。
自分たちが面白いことをやって、頑張ってサヴァイヴしようとしないかぎり業界は死ぬわけで、そこの自助努力を蔑ろにしすぎだと思います。
参照
「音楽がわからないやつは世の中のことがわからない」と僕は思う
日本の大企業が「情報弱者」に落ちぶれた、という危機的現実
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